〜辻仁成さんの油絵作品 保存性・可逆性・美しさのすべてを兼ね備えた額装〜

今回ご紹介するのは、少々特殊で、そして非常に繊細なご依頼でした。
実は、今考えても、緊張感が蘇ってきます。

ご依頼主のK様がお持ちになったのは、作家・ミュージシャン・映画監督・演出家・画家と、多彩な才能を持つ「辻仁成」さんの油絵作品。
力強く、それでいてどこか詩的で哲学的な静けさを感じる抽象的な表現の中に、彼の感情のニュアンスが織り込まれたように厚く盛られた絵具など、非常に存在感のある一枚です。

K様からのご要望は、「作品にも、キャンバス裏の木枠にも、一切ダメージを与えずに額装してほしい」というものでした。
というのも、将来的に、辻さんの展示会などに貸し出す可能性があるため、元の状態を完全に保持したままの額装が必須でした。


私たち雪山堂が取り組んだのは、以下のような高度な対応です。

  • 作品に触れず、そのままの美しさを遺す 繊細な額装

まず、お預かりした作品は、「完全に乾くまでに半年~1年はかかる」というもので、とても慎重な扱いが必要な状態でした。
作品には絵具が厚く盛られた多くの箇所があり、その立体的な表現を損なわないため、一切触れないようにする。

4か月ほど工房の中で風に当てていたものの完全に乾ききった状態ではない作品は、額内では作品と額との隙間が数mm~十数mmと限られたスペースのため、極めて慎重に作業を行う必要がありました。絵肌の微妙な起伏にまで注意を払いながらの特殊な額装には、お客様と同じ想いで作品を大切にする姿勢と、繊細な技術が求められるものでした。

また、木枠には鑑定シールが貼られており、これにも一切手をつけないということで、このため木枠を使用したバランスの取れた固定が出来ないことになります。
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  • 完全脱着可能な構造の額装

通常、油絵を浮かし仕様で額装する場合は、土台となる板状の素材の裏側からビスを打ち込み、キャンバスの裏にある木枠に固定する方法が一般的です。
しかし今回は、そのような取り付け方法を採用することができませんでした。

そこで私たちは、もともと作品に取り付けられていた「ヒートン金具」(吊り紐用の金具)と、キャンバス裏の他の木枠部分を活かし、テグスで作品を固定。この方法により、接着やビスなどを一切使用せず、完全に可逆性のある状態にします。

とはいえ、限られたスペースの中で、テグスだけで油絵をぴたりと安定させるのは難しく、さらなる工夫が必要でした。

そこで新たに取り入れたのが、キャンバスの木枠を裏側から支える“受け角材”の設置です。これにより、作品をしっかり支えることが可能になります。
ただし、この角材は、木製のため、そのままでは酸性物質を放出し、長期的に作品の劣化を進めることになってしまいます。
その対策として、角材の表面全体に「保存額装専用のバリアテープ」(遮断性に優れたアルミニウムと弱アルカリ性紙で出来たテープ)を貼り込みました。これで、酸性物質が作品へ悪影響を及ぼすことを防ぐことが出来ます。

bar motoアルミニウム+弱アルカリ性テープで角材を包み、酸性物質から作品を保護します

さらに、角材の取付け位置についても、作品と木枠の間に最適な隙間が生まれるよう、何度も微調整を重ねて決定しました。このほど良い隙間により、今後もし作品貸し出しがある場合でもスムーズに対応可能と思われます。
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  • シンプルで上質、センスが際立つバランスの良い額装

額縁には、K様の洗練されたセンスが光る、シンプルながらも深みと気品を備えたシルバー色のアルミフレームをお選びいただきました。
主張しすぎることなく、作品と空間にすっとなじむ上質な存在感が魅力です。

背景マットには、上品なパールホワイトに繊細な筋模様の入ったものを、そして額の内側面にはスエード調のブラックマットを合わせるという、K様ならではのハイセンスな組み合わせにより、全体的に落ち着いたモノトーンで統一。

その結果、作品の持つ世界観を一切損なうことなく、むしろ静かに引き立てる、美しいバランスの額装に仕上がりました。
partlright whole whole2

 

  • 作品を傷つけないだけではない、作品を積極的にまもる「保存額装」

作品保護で一番優先されるのは、作品よりも前に位置するダストカバー。今回選ばれたダストカバーは、ハイグレードのUV(紫外線)カットのアクリル。
アクリル自体が、作品の鑑賞を妨げる映り込み等の反射を抑える機能を持ちつつ、作品に対して有害な紫外線を99%カットする。
更に、手入れの際に嬉しい帯電防止加工が施され、傷つきにくいものです。

作品裏には、Ph中性のマット、次に「悪性ガス吸着ボード」、「調湿シート」、「保護シート」と配置し、木製裏板や額の外環境からの酸性物質や湿気等をシャットアウトしつつ、額内では有害物質を吸着することで、額の中は、作品にとって快適な状態を保ちます。
backhogoマット下~裏板手前までの保存部材     ※低反射のUVカットアクリルは画像には写っていませんが最優先される保存部材です。
 side

また、額内の加工の際には、酸性物質を含まない保存額装専用テープを使用しました。
ちなみに、アルミ製の額は、酸性物質を放出することがないため、木製額で使用するフレームバリアテープは不要です。

  • 準備に充分時間をかけ、完璧を目指して

テグス留めと受け角材等の額装作業は、仕上がりの完璧な状態を綿密にイメージし、位置決めと計測を何度も確認した上で、絶対に間違えない完璧な準備・段取りをし、そして、一度の作業でぴたっときれいに収めます。

店頭では毎日のように風を当てながら乾燥を続けていた作品でしたが、額装作業に入る段階でも、絵の具はまだ完全には乾ききっていませんでした。
そのため、作品をお預かりしてから完成・お渡しまでには、じっくりと時間をかけ、約4か月余りを要しました。

その甲斐あって、最終的な仕上がりをLINEの画像でご覧になったK様からは
「理想的な仕上がりで感動です。」 と最高に嬉しいお言葉をいただきました。  (ホントよかった~緊張が解けました。)
更には、仕上がるまでにLINEでの画像を含めたやり取りを行ったため、「細かく教えて頂けて、ありがとうございます。色々とわがままな希望を聞いて頂けて、恐縮です。」
と、大切な作品を一時的にでも手放して預けられていても、安心され、そして仕上がりに納得していただけたことで、こちらもほっと安堵することが出来ました。

数カ月前にご来店いただいた際、K様とお姉さまの表情には、少しの緊張と不安が入り混じっているご様子が伺えました。
そして数か月後、完成品をお受け取りにいらしたお二人が、穏やかな笑顔で喜びを分かち合ってくださったこと、そしてK様を優しく見守るお姉さまのまなざしがとても印象的でした。
そのお姿を拝見し、私どもも心から「よかった~」と感じ、ほっとした嬉しさに包まれました。
frontsing

雪山堂は、単なる“がくぶち屋”ではありません。

作品の保存性🖼️・可逆性🔁・美観✨——
お客様のご要望一つひとつを真摯に受け止め、丁寧に考え抜いたうえで、世界に一つだけの額装をお届けしています。

大切な作品を、永く美しく、そして安全に残したいとお考えの方へ。
どうぞ安心して、私どもにご相談ください📩